マーケットニュートラル戦略とは、ロングポジションとショートポジションを組み合わせ、市場全体の値動きがポートフォリオに与える影響を抑えることを目指す投資手法です。市場が上昇するか下落するかを予測するのではなく、選択した資産同士の相対的なパフォーマンスの差から収益機会を探します。
簡単にいえば、今後相対的に強いと予想する資産を買い、弱いと予想する資産を空売りします。ロング側がショート側を上回れば、両方の価格が同時に上昇または下落した場合でも、ポートフォリオ全体では利益が生じる可能性があります。
マーケットニュートラル戦略の仕組み
同じ業界で事業を展開する2社を分析するケースを考えてみましょう。調査の結果、A社は利益成長が安定し、バリュエーションも魅力的である一方、B社は事業成長が鈍化していると判断したとします。
この場合、投資家はA社を買い、同時にB社を空売りできます。
市場全体が上昇し、A社の上昇率がB社を上回れば、ロングポジションの利益がショートポジションの損失を上回る可能性があります。
市場が下落した場合でも、A社の下落率がB社より小さければ、B社を空売りした利益によってA社の損失を補える可能性があります。
市場が横ばいであっても、A社がB社より良いパフォーマンスを示せば、取引から利益を得られる可能性があります。
したがって、重要なのは市場がどちらへ動くかではありません。ロング側の資産がショート側の資産を上回るかどうかです。
「ニュートラル」が意味するもの
マーケットニュートラルは、リスクが存在しないという意味ではありません。また、ロングとショートの金額を同じにするだけで、市場リスクを完全に取り除けるとは限りません。
例えば、100万ドル相当のロングポジションと100万ドル相当のショートポジションを保有すれば、金額ベースのネットエクスポージャーはほぼゼロになります。しかし、両側の資産が市場変動に対して同じように反応するとは限りません。
高ベータ株は、低ベータ株よりも市場の変化に大きく反応する傾向があります。この2つを金額だけで均等に組み合わせても、ポートフォリオには市場方向への感応度が残る可能性があります。
そのため、高度な戦略ではベータだけでなく、業種、企業規模、バリュー、クオリティ、モメンタムなどの要因も管理します。望まないシステマティックリスクを抑え、収益が市場全体の上昇ではなく、銘柄選択の精度から生まれる状態を目指します。
代表的なマーケットニュートラル戦略
株式マーケットニュートラルは、個別株にロングとショートのポジションを構築する方法です。運用者は、強いファンダメンタルズや魅力的な評価を持つ企業を買い、相対的に弱い企業や割高と判断した企業を空売りします。業種による偏りを抑えるため、同一業界内で銘柄を組み合わせることもあります。
ペアトレードでは、経済的なつながりや安定した過去の関係を持つ2つの資産を選びます。両者の価格差が通常の範囲から大きく外れたとき、相対的に割安な資産を買い、割高な資産を空売りします。その後、価格差が通常の水準へ戻ればポジションを決済します。
統計的裁定取引では、過去のデータ、定量モデル、アルゴリズムを用いて、多数の銘柄から短期的な価格のずれを探します。1つの取引で期待できる利益が小さい場合も多いため、データの品質、執行速度、取引コストの管理が特に重要です。
バリュー、クオリティ、低ボラティリティ、モメンタムなどのファクターを使った市場中立型ポートフォリオもあります。望ましい特性を持つ銘柄を買い、その反対の特性を持つ銘柄を空売りしながら、市場や業種へのエクスポージャーを調整します。
期待できるメリット
大きな特徴は、継続的な上昇相場を必要としない点です。ロングポートフォリオがショートポートフォリオを上回る限り、上昇相場、下落相場、横ばい相場のいずれでも収益機会が生まれる可能性があります。
また、株式や債券を長期保有する一般的なポートフォリオとは異なる収益源を加えられる場合があります。他の資産との相関が低ければ、ポートフォリオ全体の分散効果を高めることも期待できます。
市場へのエクスポージャーを抑えることで、方向性を持つ株式戦略よりも値動きが小さくなる可能性もあります。ただし、低ボラティリティは目標であって保証ではありません。結果はリスクをどれだけ正確に測定し、管理できるかに左右されます。
注意すべきリスク
最も基本的なのは銘柄選択のリスクです。買った資産が空売りした資産より悪いパフォーマンスを示せば、市場エクスポージャーを抑えていても損失が発生します。
資産同士の過去の関係が変化するリスクもあります。以前は連動していた2社でも、事業モデルの変化、規制、買収、資金調達の問題、投資家の期待の変化などによって、関係が恒久的に崩れることがあります。過去の相関だけでは、将来の価格収束を保証できません。
空売りには、株券の借入コスト、貸株の返却要請、証拠金の追加、損失が理論上無制限になる可能性など、独自のリスクがあります。
取引コストも無視できません。ポートフォリオの両側を維持するには、売買手数料、スプレッド、資金調達費用、市場インパクト、定期的なリバランス費用が発生します。取引頻度が高い戦略では、これらが期待収益を大きく削ることがあります。
さらに、ネットエクスポージャーがゼロに近くても、ロングとショートを合計したグロスエクスポージャーは大きい場合があります。ネットエクスポージャーが低いことは、損失の可能性まで小さいことを意味しません。
戦略を評価するポイント
評価では、リターンだけでなく、ネットエクスポージャー、グロスエクスポージャー、ベータ、ボラティリティ、最大ドローダウン、レバレッジ、異なる市場局面での成績を確認する必要があります。
収益の本当の源泉を特定することも重要です。マーケットニュートラルとされるポートフォリオでも、特定の業種、企業規模、バリュー、モメンタムなどに隠れた偏りを持つ場合があります。好成績が銘柄選択能力ではなく、特定のファクターに有利な市場環境によって生じている可能性もあります。
バックテストでは、借入費用、資金調達費用、売買コスト、流動性の制約、資産関係の変化を現実的に反映させる必要があります。過去データで良好に見えるモデルでも、実際には成立しない価格や約定条件を前提としていれば、同じ結果を再現できません。
マーケットニュートラルは無リスクではない
この戦略は、市場全体の方向と個別資産の相対的なパフォーマンスを切り分けようとするものです。上昇相場への依存を抑え、調査、価格評価、リスク管理を収益の中心に置きます。
しかし、モデルの誤り、相関関係の変化、空売りの制約、レバレッジ、執行コストによって損失が生じる可能性は残ります。堅牢な戦略には、エクスポージャーの継続的な監視、前提条件の定期的な検証、市場関係が変化した際にポジションを縮小または決済する明確なルールが必要です。
つまり、マーケットニュートラルとはすべてのリスクをなくすことではありません。特定のリスクを抑えながら、十分に分析され、管理された相対価値リスクを意図的に引き受ける考え方です。
